リライト④~パラドックス~ [リライト]
今回はパラドックスについて考察していきます。
リライトにはパラドックスが複数存在します。
前回の記事の最後で、リライトにおいてパラドックスは起きないと述べました。
これについて世界観から考えていきます。
(この記事にはパラドックスという単語が何度も使用されているので、ゲシュタルト崩壊にはお気を付けください)
目次です。
1・世界について
2・パラドックスとは
3・パラドックスに対する自分の主張
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1・世界について
まずは作品を扱う世界観について説明します。
世界観には多世界解釈とそうでない解釈があります。
タイムマシンやタイムリープ、タイムスリップなどの作品を扱う際に気をつけなければならないのが、その作品の世界は多世界解釈であるかそうでないかという点です。
そして、パラドックスを回避する際に考えなければいけないのがこの多世界解釈です。
簡単に説明すると
「タイムマシンで過去に戻って過去に干渉できるかどうか」
の違いです。
多世界解釈を真面目に考えると難しいので今はこのくらいの表現にしておきます。
多世界解釈の世界では過去に干渉できますが、そうでない世界では干渉できません。
例えばこのリライトは多世界解釈の世界ではありませんが、steins;gateは多世界解釈の世界です。
steins;gateは世界観について作中で詳しい解説がされており、「この世界は多世界解釈の世界です」と断言しています。
しかしリライトでは、はっきりとした世界観の話は出てきていません。
これについては保彦が「過去の自分には会うことができない」と言っていたため、多世界解釈の世界ではないと判断しました。
この世界観を勘違いすると、どんな作品でもまったく話が理解できません。
2・パラドックスとは
パラドックスについてはwikipediaや辞書から引っ張ってきても良いのですが、ここでは簡単に説明します。
一言で説明するなら、パラドックスは無限ループです。
発生した事象について突き詰めて考えていくと、どこかで同じことの繰り返しが発生します。
そしてパラドックスは時間に関係する事柄、作品などでは必ずと言っていいほど問題になります。
例えば親殺しのパラドックス。
タイムマシンを使って過去へ行き、自分の親を殺すことはできるかどうか、という問題です。
もし親を殺すことができた場合、パラドックスが生じます。
親を殺すことで自分が生まれなくなり、自分が生まれないということは親を殺しに過去へ行く自分がいなくなるので親は生き続けて自分を産みます。
自分を産むということは過去へ行って親を殺す自分がいることになるので…と無限ループが発生します。
無限ループが発生しているということはパラドックスが発生していることと同義です。
このパラドックスを回避するのが多世界解釈です。
おそらく殺すことができた時点で、親が変わったり、不明になったりするかと思います。
この辺は実証できないので(当たり前です)何とも言えませんが、自分という矛盾した存在を肯定するために世界が変わります。
これは親殺しに限らず、些細なことでも過去を変えたら世界が変わってしまいます。
そもそも過去に行けた時点で過去の世界になかったものが存在することになるので色々変わりそうですけどね。
これに対し多世界解釈ではない世界では、そもそも殺せません。
過去に行けたとしても何らかの妨害があったり、危害を加えられたとしても必ず助かって未来まで生き続けるということになります。
多世界解釈ではない世界ではそもそもパラドックスが起きないように世界が反発します。
「何らかの妨害」というのは世界の意思のようなものです。
保彦が過去の自分に会おうとした際に旧校舎が崩壊したのはこれが原因です。
これに似たパラドックスがリライトでも出てきた過去の自分に会うことができるかどうかというものです。
リライトは多世界解釈ではない1つだけの世界と考える作品なので、会えないと明言されていました。
そもそも過去で未来の自分と会っていないので、未来の自分は過去の自分に会えないというのが主張です。
これに対し、多世界解釈の世界では会うことができます。
過去で未来の自分と会っていようがいなかろうが関係ありません。
変化するのは世界のほうだからです。
steins;gateでは深刻なパラドックスが生じるから絶対に過去の自分には会わないで、と主人公に言った未来人がいましたが、会えないわけではありません。
『会わない』のと『会えない』は違います。
多世界解釈では世界は変わりますが少なくとも会えます。
そうでない世界は絶対に会えません。
断言していますが、世界観についてはそういう設定だと思っています。
そもそもこの現実がどっちの世界なのかわかりませんし、どちらでもない世界かもしれません。
あくまでそう解釈した人がいた、程度に話を進めていきます。
3・パラドックスにおける自分の主張
ここまで長々と説明してきましたが、ようやく本題です。
まず、このリライトという小説の世界は多世界解釈ではないということを覚えておいてください。
この根拠は前述したとおり、保彦が過去の自分に干渉できない、という事柄から判断しました。
そして多世界解釈ではないということは、パラドックスが生じないように世界が反発します。
絶対にパラドックスは生じないはずなのです。
しかし、リライトは作中で茂も言っていたようにパラドックスだらけです。
これは何故でしょうか。
この理由については作中で書かれていないので自分の考えを述べるだけになります。
今までは小説の中から事実だけを追ってきたので自分の考えはあまり載せませんでしたが、次回の記事は個人的な考え・考察ということで載せたいと思います。
そもそもこのブログは考察ブログなので「こういう考え方もあるよ」程度に見ていただけたら幸いです。
その上で自分なりの考えをお持ちの方は、コメントいただけると考察の幅が広がって楽しいので気軽に書き込んでください。
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2015-04-11 01:01
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